2016年07月16日
Category:社長日誌

下を向いて歩いてました。

 いろんな出来事が集中してやってくる、そんなタイミングが人生にはあります。

 この数週間が、私にとってのそれでした。特に仕事のことで。

 その出来事もハッピーなこともアンハッピーなことも混ぜこぜでやって来るので、気持ちのアップダウンにさえ疲れちゃって目の前のやるべきことをどうにかして片付けて行く・・・にもかかわらずその先に待っている山積している関係各方面の問題も視界に入ってしまっちゃっている・・・そんな状況でした。仕事のことも、そうじゃないことも含めて。


 そんなときには、他人と話すことがなによりの薬になりますね。

 申し訳ないとは思いつつも、愚痴やぶつけようのない怒りに似た「運命を呪うような感情」を吐き出させてもらえる仲間がいるということで、とても救われる思いです。


 「いつでも物事を前向きにとらえて、明るく振る舞う。」



 それは理想的でキレイゴト。

 思い通りに行かない日々は疲れるし、うつむいてしまうことも、考え込んで動けなくなることもあるのです。

 
 そんなとき

「愛する友の眼差しが 倒れるたび 傷つくたび 俺を強くする」

 というキン肉マンの第二期オープニング曲の歌詞を思い出します。

 さて、そろそろ顔あげて、前向くかな。

 image-b41c7.jpeg
※画像は花火大会で花火を撮影しようとして間違って自撮りした酔っ払い(笑)※


 大きく分けてふたつ。

 @どうやら仕事として次に進むべき方向性が整えられてきたこと。
 これまでとは全く別方面からの仕事の誘いが増えて来ています。それは私が進みたい方向であり、進もうとしていた方向からのものです。ですからそれ自体は問題はありません。


 Aこれまでの「慣習」が片付かなければ次の道に進めなさそうなこと。
 これまでの考え方を入れ替えることが、次の道に進むための必須条件です。
 環境の変化に対応できるものだけが生き残り、やがては進化できるという説におおかた賛成です。

 ところが、やはり身についた慣習というものは心地良さを伴って自分にまとわりついています。

 それがいかに前時代的であり、これからの自分にとって不必要でありかつ目指していたはずの結果に至ることが困難である道だと頭では理解できていても、周囲の「流れ」や「志向」を一気に変化させられるわけではありませんから、まとわりついてくる「これまでの慣習」を消化させるために莫大なエネルギーと知恵を浪費し、疲弊してしまいます。

 
 生きていれば、必ずやってくる分岐点。
 それは人生でも、会社経営でも同じこと。
 いま自分をこの場所に留めようとしているものは「重い荷物」なのか、あるいは「高い場所に手を伸ばすための踏み台」なのか。

 
 面白い時代、面白い分岐点に立つ恍惚と不安、ふたつ。我にあり。
posted by (有)マルコウ福原伸幸商店 at 09:57 | 社長日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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