2016年09月13日
Category:社長日誌

青春国道274

 KAN というアーティストをきっとご存知の方は多いと思います。

 「愛は勝つ」という大ヒットソングが収録されているCDアルバム「野球選手が夢だった」の4曲目に「青春国道202」という曲が入っています。

 このアルバムを良く聴いていた中学生時分「国道に思い出があるなんて、変な歌だな。でもそのうち、自分にもそういうことが起こるのかな」と思いながら聴いていたのを思い出します。


 ワタクシにとっての青春国道は「274」です。


 余市で生まれ育ったワタクシは、小樽市の高校を卒業後に北海道の東側「釧路市」にある「釧路公立大学」に入学しました。

 
 1994年、春。
 得も言われぬ曇天の中、当時はまだ「スーパー」がついていなかった「特急おおぞら」に乗り込んで向かった釧路。長期休暇のたび、長距離バスや鉄道を使って余市と釧路を往復したものです。
 
 高校卒業当初は運転免許なんてありませんでしたが19歳で運転免許を取得して、初めての長距離ドライブは親友との夏休み帰省で、国道38号線〜274号線を走りました。
 綿密な計画を立て、カセットテープもたくさん準備して長い旅に胸が高鳴り、前の夜に眠れなかったことを思い出します。

 釧路を出発し、白糠町、音別、浦幌、豊頃、池田、幕別〜帯広と国道38号線を走り、清水町あたりで、国道274号線に乗り、十勝から日高を結ぶ難所「日勝(にっしょう)峠」と石狩と十勝を結ぶ「石勝(せきしょう)樹海ロード」という初心者にはクラッと来るような山間部を抜け、夕張市の南側を通過し北広島市、札幌市へと向かいます。

 大学時代には社会人ラグビーのチームに入れてもらっていて、札幌での大会ともなるといつも先輩の車でこの道路を往復していたものです。
 
 ワタクシの妻は釧路市出身なので、大学を卒業後数年間は「遠距離恋愛」というやつで月に何度かは274号線〜38号線を運転しながら「こんな山の中にこんな立派な道路を、誰がどうやって作ったんだろう・・・」なんて考えたものです。

 
 あれから20年以上を経た今でも年に数度は釧路市に顔は出します。


 しかし、ワタクシが大学時代には十勝清水〜池田間しか無かった「シカと熊しか通らない無駄遣い」と揶揄された悪名高き「道東高速道路」が二十年間を掛けて、札幌方面から道東方面まで繋がってからというもの、274号線を通ることはめっきり減っていました。

 
 ワタクシにとっての「青春国道」は274と38なのです。


 そんな中で今年の8月の末に北海道に上陸した3つの台風によって、274が寸断されてしまいました。


 テレビやネットで見る被害映像は・・・どこも見覚えのある場所であり、いろんな思い出がフラッシュバックしてきて・・・何ともいわれぬ複雑な思いがこみ上げて来ます。


 → 北海道の台風被害が凄まじい件!日勝峠などの交通の要所があちこちで寸断し、ポテトチップス工場も水没!


 
 前回、自然で遊ぶ楽しさをブログに書きましたが、

 今回は、その自然の恐ろしさを改めて思い知らされました。

 
 KAN 「青春国道202
 
posted by (有)マルコウ福原伸幸商店 at 16:01 | 社長日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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